Wanderson Silva de Oliveiraさん

1987年8月27日生まれ (29歳)20160919_001

Andef所属

ブラジルCPサッカー代表選手(リオ2016パラリンピックに出場)

今回はリオ2016パラリンピック競技大会で7人制サッカー(CPサッカー)で出場したブラジルのWanderson Silva de Oliveira選手にインタビューを行いました。

 

 

 

「今回のパラリンピックはいかがでしたか?」

今回は3回目のパラリンピック出場でした。ブラジルはサッカーが盛んな国ですが、まだまだCPサッカーは浸透していません。ですから今回のパラリンピックは、多くの方に私たちのCPサッカーを伝えられるいい機会だと思い、精一杯力を発揮しました。

結果は銅メダルでしたが、今回のパラリンピックは僕にとって特別な意味がありました。

住み慣れた街であるリオデジャネイロでの開催。僕の中で今回の全ての記憶が永遠に刻まれました。

そして、今回出場できたことや銅メダルを獲得できたのは、ここまで大変な道のりを一緒に歩んだチームメイトのお陰です。彼らに感謝をしています。そして、今回のメダルは銅ですが、僕にとっては黄金の価値があります。そして、この結果を息子のBernardoへ捧げたいと思っています。

 

20160919_003「WandersonさんがCPサッカーを始めたキッカケは何だったのですか?」

私は出産時に酸素が不足し、生死をさまよう状態で産まれました。その影響で脳性麻痺と診断され、

現在も右腕に麻痺が残っています。

子どもの頃からサッカーは、身近な存在で9歳ごろからサッカーを始めました。その頃から夢は“サッカー選手”だったのです。

2007年、友人のプレスレーからCPサッカー(脳性まひ者7人制サッカー)があることを教えてもらったのです。そして現在までブラジルの代表としてプレーをしています。

 

「CPサッカーをプレーする際、大切にしていることはありますか?」

プレー中は、家族のことを思いながら戦っています。僕は家族の支えがあるからこそ、夢が実現でき大好きなサッカーが出来ているからです。

そして家族を思いながら全力でプレーすることで、家族や仲間、対戦相手まで全ての関る人達へ恩返しだと考えています。

 

20160919_002「家族の存在はとても重要ですね。」

はい、とても大切な存在です。

妻であるCintia Louiseや、息子のBernardoは、私の宝物です。

そして僕には、もうひとつ家族があります。それはチームの仲間です。

常に練習や大会など、同じ目標へ向かって闘い、支え合っているんです。僕には有り難いことに、妻や子ども達という家族と、チームの仲間という2つの家族が自分の心の中にいます。

 

「普段はサッカー以外で、どのように過ごしているのですか?」

現在は“Andef”という団体に所属しています。“Andef”は、CPサッカーチームの運営をしたり、他の種目のチーム運営をしています。

ブラジル代表合宿や練習以外の時間(週5日ほど)は、ここへ通っています。

具体的な仕事内容は、“Andef”を支援いただいている民間の企業へ出向し事務作業やパソコン操作など、軽い作業を行っています。

出向しない日は“Andef”でサッカーのトレーニングを行っています。

 

「今後の夢や、トライしたいことはありますか?」

やりたいことは沢山あります。今後のことは未定なところもありますが、いずれは何らかの形でCPサッカーと関っていきたいと思っています。

そして一番の夢は資格を取得しコーチングをしていくことです。

 

20160919_004「素敵な夢ですね。Matchスタッフも応援しています!それでは最後に、Matchをご覧の皆さまへメッセージをお願いします。」

サッカーは僕に夢を与えてくれました。サッカーは素敵なスポーツです。

残念ながら、CPサッカーは2020年の東京パラリンピックの正式種目からは外されてしまいました。だからと言って練習をやめないでください。夢を追い続けてください。CPサッカーがパラリンピック種目に再び戻れるように、今できることを精一杯取り組みましょう。

”Diga não ao preconceito” “Paz no mundo Sempre”
偏見や差別をしない、いつまでも世の中が平和でありますように